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Channel: クルミ
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いっつぁ・わんだふるわーるど

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知らなかっただけで、世の中には本当にパワフルな人や、自分から見たら天才としか言いようのない人がたくさんいる。ようだ。
ポンコツな私の世界は狭すぎて、全部が異世界の話みたいだったけれど。

でも同時に気づく。

それ以上にたくさんの普通の、しかし本当に優れた人々がその“ひとり”を支えている。と。

それは日常生活のお世話かもしれないし、
社会的な事務手続きかもしれない。
あるいはその力を世の中に送り出したり、お金に換えたりすることかもしれない。
心休まる場の提供や、愛情の交換かもしれないし、
そのひらめきを他の誰かに伝えることかもしれない。
ただの人として、接することかも。
とにかく、色々。

そして……
最初は純粋に憧れて、慕って、もしも手伝えることがあったのならば嬉しくて幸せで、
なのに、しかし、だんだんと、時に、
己の無力さに絶望したり、反対に
距離感の接近を自分の力だと勘違いしたり、
強すぎる光に振り回されてボロボロになったり、
そういうことが起きるのかもしれない。
自分を見切れなければ直ちに。
過信も悲観も、そういう意味で結末は似たようなものだ。

強い光があるところには濃い影ができるものだ。というセリフの意味が、
ほんの少しだけ、ようやく、分かるような気がしている。

パワフルな人に時々会うのは面白いだろう。
つまらない日常を崩すようなことがきっとどんどん起きる。
でも忘れてはいけない。
その力に対等でいられるだけの自分でいないと、きっとあっという間に吹き飛ばされたり、ぺしゃんこに潰されたり、
一瞬で置いてけぼりにされたり、する。
発想の違いだけなのに、勝手に傷ついたり、勝手に崇めておいて、失望したりする。
挙げ句、己ではなくその人を責めたり憎んだりする弱さが、かなしいかな、人にはある。
せめて見極められていれば、苦しくなった時にそっと離れられるのに。

そういう意味で、好きなはずでもいつでも緊張感があって、ヒリヒリしていて、
刀を持った武士みたいな気持ちだ。(刀も武士もイメージの世界だけれど。)

私はその、優れた普通の人々のレベルでさえない。
その繊細で絶妙な加減を無意識でしているのなら、それもすごい能力だし、
意識の力だけで天秤を保てるのなら、同様に、
なんて自分と状況を冷静に理解して律しているのだろうと思う。

たった一日。たった一日一緒にいるだけで、ものすごく消耗する。
どんな一瞬も、あるがままの自分(もしくは目指す自分)でいることが本当にむずかしい。
軽くウソをついたり、ネコを被ったり、話を流したり合わせたり、する方がはるかに楽なのだ。と知る。
でもそんな技はこういう場合、あらゆる意味で無力どころか、マイナスですらある。
どんなにへなちょこでも、素の自分の攻撃力(?)が一番高いという事実。

すごく疲れるのに、また会いたいと思う。
きっと私はそうやって自分を試すことを含めて
その人に会うことを選択しているのだろう。
いつでも転落する、そのギリギリのラインを見切り続けて、
そのうちにほんのちょこっとだけ、自分のレベルも上がることもあるかもね。と思いながら。楽しみながら。
違う世界を覗かせてくれることに感謝をしながら。

……そう。しながら、
私は私の世界を生きればいい。
結局はそれだけ。

だってその世界が100%正しいなんてことは多分絶対ない。
いつだって自分が生きる世界はここの世界だ。
委ねてはいけない。たずなを渡してはいけない。

いつか広がったり、深くなったりした時、ふいにそんな世界と太く繋がることもあるかもしれない。
またもっと新しい景色に出会うのかもしれない。
そう思ったら、ここの世界の可能性の無限さに、クラクラする程だ。

光も影も感じながら、できればキラキラ明るい世界を生きていきたい。










-*-*-*-

数日前に思いつきたての、備忘録のような、書き込み。
アウトプットするかは別として(笑)私の当面の検討課題であることは間違いないだろう。

新年、きましたね。(笑)

ゆるっとふわっと、気まぐれに出没予定です。
予定は未定。
遭遇された皆さまへ、本年も幸多からんことをお祈り申し上げます。

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